身体の社会復帰と心の社会復帰〜くも膜下出血〜

3週間の入院で今後の人生を考える

くも膜下出血で入院してから、無事に退院するまでに約3週間かかりました。

3週間というのはとても短いほうだと思います。時間で言うとあっという間に過ぎましたが、

心の中では、一生分の思考回路を使ったように感じました。

明日何しようかな?というより、まずは明日生きているかな?と考えてしまう。

 

そんなこと今までの人生で無かったから、とても不思議な感覚でした。

深刻な気持ちと、時には他人事のような…。気持ちがコロコロ変わるのがわかりました。

 

自宅でのリハビリ

そんな思いを経験しながらも、無事に家に帰ることが出来た私は

社会復帰を目指し、自分で出来る限りのリハビリをして過ごしました。

3週間で相当足腰が弱くなっていて、普通に歩く事も大変で

ただでさえ硬かった体がさらに硬くなってしまって、柔軟体操は強烈に痛かったです。

 

でも開頭しているわけで…。

どれだけの我慢や無理をしていいのかもわからず、全てが手探りな感じでした。

あまり力みすぎると、また血管が破れる??そんな恐怖がいつもそばにありました。

 

雪が降るくらい寒い冬でしたが、晴れた日はなるべく散歩をして

外の空気になれるようにしました。もちろん完全防備で。

傷口に冷たい空気が当たらないようにと、まるで雪国のようなブーツと帽子もかぶって

母親とゆっくり散歩した事を覚えています。

 

やってはいけない事はない

私がくも膜下出血になった原因は、結局よくわからないままで

だから余計に今後気をつけることがわからず、逆に不安でもありました。

もちろん食生活や規則正しい生活、血圧の管理など出来ることは全て気を付けようと思いましたが

それでもまたいつかなってしまったら…。と思うと不安でした。

何を控えて、何を頑張ったらいいのか悩みました。

 

退院する時に、主治医の先生から

『やってはいけない事はないですよ!スカイダイビングも大丈夫!

ただ大気圏外に出るのは無理かな。宇宙旅行はやめといてね』と言われました(笑)

先生のユーモアある発言に励まされました。それほど何やっても大丈夫!という事だったんだと思います。

その言葉があったからこそ、今後いろんなことにチャレンジして生きていこうと

思えたのかもしれません。

 

会社への復帰

結果、会社は倒れてから2ヶ月弱で復帰することが出来ました。

病名が病名なだけに、本当だったら他の人を雇い、席が埋まっていてもおかしくなかったのに

でも復帰を信じ、席を空けて待っていてくれました。

 

会社の人達はとても心配してくれて、負担がかからないようにと色々と支えて下さいました。

しばらくの間は勤務時間を短くしたり、通院でお休みを頂いたり、ご迷惑をお掛けしたと思いますが

それでも温かく見守ってくれました。

 

大きな病気をすると、色んな方に迷惑をかけてしまいます。

それでも本気で支えてくれる方もたくさんいたので、本当に救われました。

ついつい『大丈夫です!』と強がってしまいますが

素直に甘えて助けてもらうことも必要だなと思いました。

 

あまり悪がったりし過ぎると、余計に気に病んでしまう事もあるし

それが気持ち的に負担になってしまう事もあるから。

社会復帰出来たつもりで会社に出勤しても、まだまだ心の完全復帰にはなっていなかったと痛感しました。

 

音楽の再開に向けて

色んな場面で、今までの自分とは違うんだなと感じました。

でも、この病気を乗り越えたことを武器にして生きていこうとも思いました。

気持ちの上がり下がりは日々ありましたが、基本的には前向きに考えることが出来たので

音楽も絶対再開させようと強く思っていました。

 

病気で中止になってしまっていたレコ発ライブを、復活ライブにすればいい。

前以上のパフォーマンスは無理かもしれないし、それ以下になっている確率の方が高いけど

でも命あるだけでありがたいや。そう開き直ることで逆に勇気が湧いてきました。

この病気になって一番良かったと思えることは、強くなったことかな。

どんな出来事にも必ず学ぶことがある、ということを教えられた気がしました。

 

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