悲劇のヒロインを武器にした甘えと強さ〜くも膜下出血〜

まずは生きていることをご報告

くも膜下出血で倒れてから3週間の入院、その後1ヶ月の自宅療養を経て

まずは会社への復帰を果たしました。

次に目指すのは音楽活動の再開でした。

ちょうど2ndシングル発売を記念しての、レコ発ライブ目前で倒れたため

詳細の発表どころか全てが中止になってしまい、皆様に迷惑を掛けっ放しの状態でした。

さらに自分のブログも暫くの間更新することができなかったので

ちらほらと異変を感じ取って心配してくれる声が聞こえてきました。

 

病気の報告は、どうしようかすごく迷いましたが

でも隠せるわけもなく、今後の活動に大きく影響するだろうと思い

正直にブログで病名も発表しました。

 

忘れられてしまう恐怖

幸いなことに言語障害もなく、麻痺も残らなかったので

自分の中ではなるべく早く皆んなの前に姿を見せたい気持ちでいっぱいでした。

もちろん、『無理するな』という声もありましたが・・・。

 

基本的に怠け癖のある自分は、あまり長く休んでしまうと

もう一生歌うことを止めてしまうかもしれない、という思いが頭によぎったし

自分のことを忘れられてしまう恐怖、そして、再発の恐怖も常にありました。

だからきっと、命あるうちに復活したい!歌える時に歌っておこう。

一度姿を見せておこう!そう強く思ったのかもしれません。

 

悲劇のヒロインを武器にした甘えと強さ

大きな病気をすると、弱気になるのは仕方のないことだと思います。

余計な心配して、病気を理由に甘えた気持ちになるのも仕方ない。

こんな時だけでも悲劇のヒロインになりきっても良かったのかもしれないんだけどね・・・。

でもそうなってしまうと、自らどん底に落ちて行くような気がしてとても怖かったんです。

強がって、全然大丈夫です。歌えます!

そう言って、1日も早く復活できた方がカッコイイって何となく思っていました。

 

そりゃね、開頭手術をして、傷跡もまだ生々しい状態で歌うなんて無謀なことかもしれない。

でも『大丈夫?無理しないで!』って心配されて声かけてもらうのは

とても有り難かったし悪い気はしない。

その声援に支えられて頑張れた事は確かです。

心配してもらえて安心した〜。こうして待っててくれる人がいた〜。って

正直そんな気持ちもあったのかもしれません。

 

失敗しても、うまくいかなくても、それは病気のせい。

プレッシャーからうまく回避する方法を手に入れた私は

逆に堂々と、小さなことでは動じない心に身につけたんだと思います。

まあそれが私の中で、悲劇のヒロインを武器にした甘えだったのかもしれませんがね(笑)

 

それを強みというか、逃げというかよくわかりませんが

でもメソメソ泣いているよりも、病気を悔やむよりも、今できることをやる!

病気をしても前向きに頑張れば望みはある!

失ったものもたくさんあるかもしれないけど、命あるだけで十分だ!

そう思う方が、自分の性格に合っていたのかもしれません。

 

まずはラジオの生放送から

体力的な完全復活とはいかない状態でしたが

復帰第一弾のお仕事はラジオの生放送でした。

出身地の放送局で、自分の番組を持たせて頂いていて

一回だけお休みしてしまいましたが、1月14日に倒れ、3月14日の生放送には間に合いました。

 

まだきっと、病み上がりの覇気のない顔だったと思うし

術後の髪のお手入れもまだ出来ていない状態でしたが・・・

ラジオなんでね(笑)

 

それでも自分の声で病気のこと、そして、それを乗り越えてここに戻ってこれたこと。

それを皆様に報告できたことがとても嬉しくて、本当に一安心しました。

心配してくれていた家族や友達、復活を待ち望んで待っていてくれた方がいたからこそ

あんな気力が生まれたんだと思います。

きっと、何も夢のない自分だったら・・・。ここまでは頑張れなかったと思います。

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